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    1 ターミネーター4 6 ハゲタカ
    2
    ROOKIES 卒業 7 アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン
    3 天使と悪魔 8 スター・トレック
    4 真夏のオリオン 9 60歳のラブレター
    5 余命1ヶ月の花嫁 10 お買いもの中毒な私!
    ターミネーター4
    まだまだネームバリューが健在なのか『ターミネーター4』が初登場1位を獲得。4位には日本製潜水艦映画『真夏のオリオン』が初登場。『天使と悪魔』がいまだに3位にネバる。
    1 The Hangover 6 Imagine That
    2
    Up 7 Star Trek
    3 The Taking of Pelham 123 8 Terminator Salvation
    4 Night at the Museum 2 9 Angels & Demons
    5 Land of the Lost 10 Drag Me to Hell
    Up
    コメディ"The Hangover"、ピクサーの新作フル3DCGアニメーション"Up(『カールじいさんの空飛ぶ家』)"が1、2位。初登場で3位にランクインしたのは、トニー・スコット監督が『サブウェイ・パニック』をリメイクした"The Taking of Pelham 123"。出演はジョン・トラヴォルタ、デンゼル・ワシントン。
    1. アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン
    2. 天使と悪魔
    3. 重力ピエロ
    4. グラン・トリノ
    5. レッドクリフ Part II
    6. ウォッチメン
    7. スラムドッグ$ミリオネア
    8. レッドクリフ Part I
    9. 崖の上のポニョ
    10. バーン・アフター・リーディング
    充実の映画タイトル、ツタヤディスカス
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    マイケル・ジャクソン死去の報道は、凄まじいインパクトを持って世界を駆け巡った。
    「キング・オブ・ポップ」と呼ばれた彼は、エルヴィス・プレスリーを超える、アメリカ最大、唯一のエンターテイナーだった。

    ここでは、彼の出演する映像作品について、映像作家と絡め列記してみた。微力ながら彼の業績を顧みるためのわずかな一助となればと思う。

    自身のミュージック・ヴィデオを中心としたショート・フィルムの作品群と、長編映画を合わせると、マイケルは多くの映像作品を残している。
    関わった映像作家は、シドニー・ルメット、ジョン・ランディス、フランシス・フォード・コッポラ、マーティン・スコセッシ、デヴィッド・リンチ、スパイク・リー、デヴィッド・フィンチャーなど、多彩かつ豪華な顔ぶれが並ぶ。
    以下、代表的な作品にコメントした。
    これらのほとんどがYouTubeなどで観られるので、興味のある方は検索を。

    Michel, I Want You Back !!

    ■ジャクソン・ファイブ「帰って欲しいの」


    ■長編映画『ウィズ』(1978年)…シドニー・ルメット( 『十二人の怒れる男』、『セルピコ』)
    ダイアナ・ロスはじめ、全て黒人キャストによる「オズの魔法使い」。マイケルは頭の弱い案山子役で出演。代表的な1939年版と比較してしまうと、あまり素敵でなく出来も良くない作品だが、マイケルのダンスと歌唱力、カリスマ性には圧倒される。あまり多くない彼のミュージカル・シーンはとにかく光り輝いて見える。

    ■「今夜はビート・イット」(1983年)…ボブ・ジラルディ(『ディナー・ラッシュ』)
    ダイナーや街角で不良の若者達が暴れまくる、『ウエストサイド物語』を意識したような内容。「スリラー」と同じく、インド映画をヒントとした群舞が見られる。アル・ヤンコビックのパロディ作品も良かった。

    ■「スリラー」(1983年)…ジョン・ランディス(『ブルース・ブラザーズ』)
    「セイ セイ セイ」同様、当時のミュージック・ヴィデオとしては段違いに長編の作品。全編ホラー映画調で、何といってもオバケダンスの衝撃がすごかった。そのオバケメイクは『スターウォーズ』のリック・ベイカーが手がけた。ジョン・ランディスが悪乗りしすぎたせいか、冒頭にマイケルからの「この作品はオカルト信仰を助長したものではありません」というメッセージが。

    ■「セイ セイ セイ」(1983年)マーク・ロマネク(『ストーカー(2002)』)
    ポール・マッカートニーのアルバム、"Pipes of Peace"に収録されたマイケルとのデュエット曲のミュージック・ヴィデオ。インチキな強壮剤を売りながらアメリカの田舎町を巡るポールとマイケル。

    ■ディズニー・リゾート・アトラクション「キャプテン・EO」(1986年)…フランシス・フォード・コッポラ(『ゴッド・ファーザー』、『地獄の黙示録』)制作ジョージ・ルーカス
    『スターウォーズ』風のスペース・アドヴェンチャーであり、飛び出す3D作品。SF映画屈指の傑作。東京ディズニーランドではこのアトラクションは撤去されてしまった。後の『シザー・ハンズ』を思わせる悪の女王にアンジェリカ・ヒューストンが扮する。

    ■「BAD」(1987年)…マーティン・スコセッシ(『タクシー・ドライバー』、『レイジング・ブル』)
    「今夜はビート・イット」のモチーフが、全てにおいて洗練したかたちで表現される。演出自体は非常にシンプルだが、移動撮影が見事に決まっている。

    ■「ザ・ウェイ・ユー・メイク・ミー・フィール」(1987年)…ジョー・ピトカ(『SPACE JAM スペース・ジャム』)
    マイケルがゴージャスな美女を一曲ぶんの時間をかけてクドき落としていくというクールな一作。スモークを焚いた演出がいかにもアメリカ風。

    ■長編映画『ムーン・ウォーカー』(1988年)…ジェリー・クラマーコリン・チルヴァース(『スーパーマン』特撮)
    ミュージック・ヴィデオを、SF、ファンタジーなどの要素でつなぎ合わせる。マイケルファンはある程度満足するものの、映画そのものとしては破綻している。TVゲームにもなった。

    ■「スムーズ・クリミナル」(1988年)…コリン・チルヴァース
    『ムーン・ウォーカー』とは対照的に、ストップ・モーションを駆使した、単体の映像作品としてクォリティの高い作品。ギャングのモチーフは「ユー・ロック・マイ・ワールド」に引き継がれる。

    ■マン・イン・ザ・ミラー(1988年)…ドン・ウィルソン


    ■「リーブ・ミー・アローン」(1989年)…ジェリー・クラマー
    マイケルについての様々なゴシップ記事を逆に皮肉った作品。「エレファントマン」の骨格標本と一緒にダンスするマイケル。

    ■「リベリアン・ガール」(1989年)…ジム・ユーキッシュ
    クインシー・ジョーンズ、スティーヴン・スピルバーグ、ウーピー・ゴールドバーグ、ジョン・トラヴォルタ、オリヴィア・ニュートンジョン、ドン・キング、ダン・エイクロイド、そしてアル・ヤンコビックなどの超豪華キャストが一斉に集結した作品。みんなでマイケルを探すという内容。

    ■「ブラック・オア・ホワイト」(1991年)…ジョン・ランディス
    当時最新であったCG技術「モーフィング」を採用したことでも話題になった。後半のズボンのジッパーを上げるシーンが、一部から卑猥だと批判される。マコーレー・カルキン君や「ザ・シンプソンズ」のキャラクターも登場。

    ■ザ・シンプソンズ(シーズン3)「マイケルがやって来た!」(1991年)
    「ザ・シンプソンズ」の1話全編に声優としてゲスト出演。「自分がマイケルだと思い込んでいる精神病者」の役を演じている。劇中で使用された曲"Happy Birthday,Lisa"はマイケルによって提供されたものだが、実際に劇中で歌っているのはキップ・レノンだった。

    ■「リメンバー・ザ・タイム」(1992年)…ジョン・シングルトン(『ボーイズ'ン・ザ・フッド』、『ワイルド・スピードX2』)
    エディ・マーフィー演じるエジプトの暴君の居城へ単身乗り込むマイケル。マイケルが突如砂に変化したりなど、CG技術が駆使されている。後半のダンスが圧巻。


    ■「JAM」(1992年)…デヴィッド・ケロッグ(『クール・アズ・アイス』、『GO!GO!ガジェット』)
    マイケル・ジャクソンとマイケル・ジョーダン、二人のMJが共演。M.ジョーダンにマイケルがダンスをレクチャーするシーンがほほえましい。ヴァニラ・アイスの主演映画『クール・アズ・アイス』でのポップな演出が印象的だったデヴィッド・ケロッグによる先鋭的なカメラワークの作品で、非常にパワフル。

    ■「フー・イズ・イット」(1992年)…デヴィッド・フィンチャー(『セブン』、『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』)、
    間接照明を多用した、監督自身の『ゲーム』や『ファイトクラブ』に近い演出の映像。高級コールガールと、マイケル扮する富豪の御曹司(?)の物語。

    ■「イン・ザ・クローゼット」(1992年)…マイケル・ジャクソンハーブ・リッツ
    スーパー・モデル、ナオミ・ワッツが共演。ハーブ・リッツによる写真家ならではの感性と、セピアトーンが魅力的な一作。

    ■「"Dangerous"ショートフィルム・トレイラー」(1993年)…デヴィッド・リンチ(『イレイザー・ヘッド』、『マルホランド・ドライブ』)
    アルバム"Dangerous"のミュージック・ヴィデオを紹介するショートフィルム。

    ■「ゼイ・ドント・ケア・アバウト・アス」(1996年)…スパイク・リー(『マルコムX』、『ゲット・オン・ザ・バス』)
    「ブラジル版」と「囚人版」の2種類のミュージック・ヴィデオが存在する。歌詞自体もそうだが、どちらのヴァージョンもスパイク・リーらしく人種差別問題を全面に押し出した作品。彼の『ゲット・オン・ザ・バス』のテーマソングはマイケルが歌っている。

    ■「スクリーム」(1995年)…マーク・ロマネク(『ストーカー(2002)』)
    楽曲同様、ジャネット・ジャクソンと共演。全編にわたりモーフィングが多用されている、モノクロのハイパーモダンなSF作品に仕上がっていてすこぶる出来が良い。タツノコプロのアニメーション「赤い光弾ジリオン」などの映像が使用されている。


    ■「Ghosts」(1997年)…スタン・ウィンストン(『ターミネーター』特撮、『アイアンマン』特撮)
    ハリウッドの特殊メイクにおける第一人者であるスタン・ウィンストンによる、新しい「スリラー」。内容に対し、ちょっと長尺すぎるのが難点。

    ■「ユー・ロック・マイ・ワールド」(2001年)…ポール・ハンター(『バレットモンク』)
    マイケル健在を印象づけたレトロなギャング調の作品で、涙が出そうになる。マーロン・ブランド、クリス・タッカーが共演。


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    世界中でベストセラーを記録したドイツの小説、「朗読者」をハリウッドが映画化。
    冒頭部分は、あどけない少年がお姉さまの手ほどきによって、その肉体に溺れまくってしまうという展開で、少年の通過儀礼的な青春映画かな?…と思わせて、だんだんリアルな恋愛描写の方にシフトチェンジしてゆく。
    ああ、これはきっとツルゲーネフの「初恋」みたいな作品なんだな、と思っていると、突然、中盤あたりからナチスドイツのユダヤ人大量虐殺問題があらわれ、映画は怒涛の勢いで社会派ドラマへと突入してゆく。
    前半の恋愛部分において、ナチスドイツの描写を全くしなかったことが、この意外性を高めることに寄与している。



    年上の女性との逢瀬の際にベッドに寝そべりながら、少年は彼女の希望によっていろいろな本を朗読する。ホメロス、チェーホフをはじめ、カートゥーンまで読み聞かせていく。
    この、「愛の行為」と「朗読」という異質な組み合わせが、映像とストーリーの両面において非常にチャーミングで、このシーンが作品のアイコンとなっている。
    彼女が朗読をせがむ理由は、それを演じるケイト・ウィンスレットの表情や挙動を見れば、観客は察することができる。そして、彼女はその秘密を隠匿するために、忽然と姿を消してしまうのだ。

    数年後、法科の学生となったかつての少年は、たまたまゼミの課題で見学したナチ戦犯裁判で、かつて自分を捨てて姿をくらましたあの女性を、被告席に発見する。
    彼女は戦中、大量処刑の選別に関わったとされる、ユダヤ人収容所の従業員のひとりだった。

    被告達に正義の裁きが与えられることを、はじめは喜んでいた同期の学生も、裁判を何度か傍聴してゆくうちに、きわめて不快になってゆく感情を吐露する。
    たしかに被告達は罪を犯したが、それは政府の方針や会社の指示に従った結果だ。
    ユダヤ人達を見殺しにしたという意味において、程度の差こそあれ、それは戦時中の自分達と本質的に違いは無いのではないか。
    被告人は、戦中のドイツ国民の罪の象徴であった。
    被害者や遺族以外は、裁判官も検察も、ドイツ人である限り、被告を裁く資格などなかったのである。
    故に、彼はこの裁判を茶番だとののしる。
    とはいえ、もちろん被告達が重大な罪を犯していることに変わりはないだろう。

    ケイト・ウィンスレット演じる女性自身もこの裁判は不当だと思っていて、自分は自分の責任を果たしただけなのだと力説する。
    この行為は、被告達全員を不利な状況へと巻き込むことになり、そのせいで彼女は被告グループからも阻害され、被告らにその罪の大半を押しつけられてしまう。
    ここで面白いのは、ドイツ人が罪をごく少数の人間に背負わせたことが、さらにこの被告グループの中で行われたことである。
    そして彼女は、ひとりだけ終身刑を言い渡されることになる。
    減刑のチャンスはあったが、例の秘密を守り通すために、それを断念している。

    彼女の守り通した秘密とは、人の死と比較すれば、取るに足らないことでしかない。このことから、彼女の罪の意識は極めて低いのだということが分かる。
    この鈍感さはどこから来るのかというと、それは彼女の無知であり、自らが考えるということを拒否しているということである。
    であるならば、彼女はやはり罪をつぐなわなければならない。
    「無知であることは罪なのだ」と、この映画は言っている。無論、それは戦中のドイツ国民のことを差しているのである。



    長い獄中生活において、彼女は膨大な書物を読んでゆく。
    朗読ではない。読書とは、自らが能動的に知識を獲得してゆこうという行為だ。
    もともと彼女は、人を思いやることのできる人間性を持った女性である。それは、かつての少年への態度や、ユダヤ人への対応を見ても明らかだ。
    そのような人間が、知識を学びながら自らの罪を自覚してゆく過程は非常に痛々しい。だがそれは尊い行為でもあるのだ。

    朗読とは「語り継ぐこと」。読書とは「学習すること」である。
    この映画は、人間にはそのふたつが必要なのだと訴えている。

    ところで、私はこういう映画に対してもう何度も言っているのだが、他国の戦争犯罪を、ここまで踏み込んで映画化することには、正当性が欠けているだろう。
    この作品のテーマのひとつは、戦前から戦後にかけてのドイツ人の原罪についてである。ユダヤ人がナチスを弾劾するような性質のものではない。
    ドイツ人がドイツ人の罪を内面から考えてゆくことに意味がある原作で、それをアメリカ映画が指摘するというのは、傲慢な態度だと批判されても仕方が無いと思う。
    この原作はドイツが映画化すべき作品だし、もしアメリカ映画がこのテーマを扱うとするならば、自国を舞台に翻案すべきである。
    先住民殺害、黒人への差別や奴隷化、太平洋戦争での原爆投下、ベトナム戦争での大火力攻撃、イラク戦争での民間人爆撃、外国人刑務所での拷問…。いくらでもこのようなテーマに入れ替えることができるはずだ。
    どうもナチスドイツは、とりわけハリウッドにとって非常に都合の良い「悪」として利用されているようである。
    このせいで、この重く自虐的なテーマが薄れ、切れ味が鈍っているということが非常に残念だ。

    そしてもうひとつのテーマである、「語り継ぐこと」と「学習すること」の重要性についても、この映画で使われている言語が英語であること、そして登場する本の活字すら英語であるために、ピントが甘くなったと言わざるを得ない。
    この作品は「朗読」の映画である。
    ここに嘘があっては、その存在自体が揺らいでしまうということに、制作者は気づくべきだった。
    ハリウッドでの映画化を承諾し、映画のプロモーションに全面協力した原作者の態度にも問題がありそうだ。

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    『インデペンデンス・デイ』、『デイ・アフター・トゥモロー』などでおなじみのローランド・エメリッヒの新作『2012』の予告編が面白かったので紹介。



    また大規模災害映画を撮ってしまっているエメリッヒだが、本人はそういった「"ID4"の監督」というイメージから、なんとか脱却したい状況にあるのだろうな…と推察される。
    しかし、彼自身にそれを打ち崩すだけの豊かな作家性やバックグラウンドがあるはずもなく、そういった特撮ものの企画に応じ、撮り続けてしまうということは、むしろ必然的だろう。

    しかし、全てをとことんぶち壊してやろうという構えを見せる『2012』の予告編は(以下は私の妄想だが)、「どうせ俺はぶち壊し災害監督だよ!それしか取り柄はないんだよ!ならやってやろうじゃないか、世界を俺がぶち壊してやろうじゃないか!!」と、自身のそういったフラストレーションを爆発させているようにも見える。
    そうだとすれば、私はそれは非常に正しい選択であると評価したい。

    個人的には、こういった題材ならば、この予告でも確認できる「ノアの箱舟」のエッセンス以外にも、もっと宗教色を全面に押し出して、レックス・イングラムの『黙示録の四騎士』のリメイクとして撮ってもらいたいところだが、まあエメリッヒだからね。

    この予告編の見ものは、空母「ジョン・F・ケネディ」が、なんとホワイトハウスに激突するところ。
    もはやギャグとしか思えない展開だが、こういった馬鹿馬鹿しいアイディアに潤沢な予算を投入する悪ノリは、応援せずにおれない。

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    「ミスティック・リバー」原作者デニス・ルヘインのミステリー小説「シャッター・アイランド」を、マーティン・スコセッシ監督、レオナルド・ディカプリオのおなじみコンビが実写映画化。

    ストーリーは、精神障害を持つ囚人たちが収容された孤島の施設で、ある囚人が行方不明になり、その調査のため、レオナルド・ディカプリオ演じる連邦捜査官が派遣されるというもの。
    施設の所長に、演技派ベン・キングスレーがキャスティング。さらに、『第七の封印』など、多くのベルイマン映画に出演した、マックス・フォン・シドーもドクター役で出てくるよ。



    不気味な孤島の不気味な施設で、不気味な謎を追うというような、『ウィッカーマン』や『薔薇の名前』など閉鎖的な場所でのミステリーというのは私も好きな設定だ。
    島のロケーションや施設の美術も完璧に見える。
    ただ、今さらこんな楽しげなプログラム・ピクチャー撮ってていいのかな?という気になるのも事実。
    なんだか、ちょっと鈍重なスコセッシのキャラクターだと、こういうエンターテイメントを撮ってもシャレにならないように感じてしまう。
    まあ、最近『ディパーテッド』なんかも撮ってるし、もうある程度何でも良いのかも分からんね。


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    アメリカのジョシュ・ハートネット、韓国のイ・ビョンホン、香港のショーン・ユー、さらにキムタクと、世界各地からイケメンを揃えキャスティングした『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』は、それらの共演を喜ぶであろう婦女子達の度肝を抜く、スプラッター描写満載のヴァイオレンス映画だった。
    ジョシュ・ハートネットとイ・ビョンホンの、それぞれに美しく魅力的な裸体を、ゆっくりと堪能できるのは良いとして、それ以外のシーンは、暴力、拷問、裂傷、肉体損壊、死体愛好などの、とくに女性が顔を背けたくなるような要素ばかりで構成されている。
    なかでもキムタクは、出演時間が長いにもかかわらず、そのほとんどのシーンが、血だらけになってうめき苦しんでいるだけだ。
    かと思うと、ジョシュ・ハートネット演じる主役は、後半あたりから頭がおかしくなって、延々とひとり部屋の中で暴れまわっているだけという、ものすごい展開に。
    私が劇場で観た回でも、女性が3人程途中退席していた。
    この事実から、「おいおい、大丈夫かこの映画?」と思うと同時に、「何だか分からんがすごいものを観ている」という感覚にも陥らせるのだ。



    監督は、『青いパパイヤの香り』、『シクロ』、『夏至』の、ベトナム出身のフランス人監督トラン・アン・ユン。
    映像へのセンシティヴさという点においては、テレンス・マリックやホウ・シャオシェンと比べても勝っている部分が多く、おそらく現在の世界の映画人の中でも、その分野において最高の位置にいると言っていいだろう。
    『夏至』は監督作の中でも、最も映像が美しく、かつ実験的なストーリーであったが、今回の『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』は、彼の中で最も商業的な作品ながら、その感性をさらに一歩推し進めた、難解な領域に突入している。

    とはいえ、ストーリー自体は、新約聖書におけるイエスの受難についての箇所を換骨奪胎したものであり、平易に理解ができよう。
    精神を病んで刑事の職を辞し、現在では私立探偵となっているジョシュ・ハートネットに、世界最大手の製薬会社の社長が、行方不明の自分の息子(キムタク)の捜索を依頼する。
    製薬会社の社長は、全くの独力でその地位までのし上がった、と自ら語る。商売とはいいながら、不特定大多数の人々の病を救済することができる力を持った会社のトップである彼は、ある意味で、人智を超えた奇跡を起こす神(ファーザー)といえるだろう。少なくともこの作品世界においては。
    だとすれば、その息子キムタクはまさしく、神の子イエスということになる。それは、彼が人々の病や傷を治してゆく奇跡を体現する描写からも明らかだ。
    ではジョシュ・ハートネットは何かというと、神の声に従い、イエスを神のもとに連れてゆく天使、またはイエスを探し出す東方からの賢者の役割も担っているかもしれない。
    東方からの賢者は、イエスに「黄金」、「乳香」、「没薬」を捧げ、その誕生を祝福したように、それに呼応するようなアイテムがキムタクに付与されていく事実も見逃してはならない。
    また、香港マフィアのボスであるイ・ビョンホンは、救世主誕生を怖れイエスを迫害した、ユダヤ人指導者、もしくはヘロデ大王に重なる。キムタクは、自分を痛めつけるイ・ビョンホンに、「お前のような人達は私を怖れる」と指摘しており、また、「愚かゆえの罪をお赦しください」と、神(ファーザー)に向けてつぶやく。



    キムタクは、ふたつの奇跡を起こす。
    ひとつは、人々に「同化」することにより、彼らの傷を治癒し、代わりにその傷を自分のものとするということ。もうひとつは、自らの肉体の再生である。
    よく分からないのは、何故キムタクがそのような能力を持ちえたかということだ。この映画を観てフラストレーションがたまる人が多い原因のひとつは、そのあたりがクリアーでないところだろう。
    しかし、注意深く設定や演出を注視していけば、ヒントとなる要素が見えてくる。
    こういった、本編にあるはずの説明が欠如しているとき、私の場合は、当初の脚本からカットした箇所があるのではないかという疑問を持つ。
    そういった経緯の映画は非常に多くて、何故それらの監督はそのように説明を省き映画を分かりにくくするかというと、それは作品の抽象化や神話化を狙うからで、これらは演出上のテクニックに過ぎないのである。
    『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』において隠匿された箇所とは、おそらく以下のようなことかもしれないと、私は推察する。
    それは、「父親による新薬の治験により、キムタクが不死の肉体を持ってしまった」ということだ。
    その根拠は、このストーリーが聖書を換骨奪胎したものであるとするならば、キムタクの持つ特殊能力は、神、すなわち父親によってもたらされたものであるべきだからである。
    また、これで「製薬会社の父」という設定が生き、そのために失踪した息子を、なりふり構わず探そうとする態度など、ほぼ全てのつじつまが合い、説明がつくのである。
    その分かりやすい説明を省くことで、作品をより謎めいた、不気味なものとすることができたのだと、私は想像する。

    しかし、ここで注意すべきは、「同化」と「再生」は関係の無い別の能力であるということだ。
    「再生」は父親からもたらされたものであるが、「同化」は、ミンダナオ島のジャングルでもたらされたものだ。
    それまでのストーリーで、キムタクは「同化」の奇跡を起こしてはいない。体を複数の銃弾で貫かれ、「再生」によってジャングルで生き延びた彼に、神秘的な現象が起こる。
    フィリピンの古代宗教は精霊信仰である。それは日本古来の神道に近いもので、「全てのものに精霊が宿る」というものだ。
    キムタクはここで奇跡によって、ジャングルの精霊と同化し、世界を自分と同じものにしたのである。
    クライスト・ボディ、そして全ての生命との同化が、キムタクを真に神の子として現代に現出させたのだと私は考える。
    この作品は、ただキリスト教の単純な焼き直しを見せるだけではなく、ボーダーレスの宗教を扱ったことで、さらに価値を与えられているだろう。
    これこそが、東南アジアにルーツを持ち、キリスト教圏で育ったトラン・アン・ユンが、本作を監督することに意味がある所以である。

    さらに、血まみれの奇跡と受難、心地よい東アジアの湿度の中で神話が再生される美しさは、『夏至』の撮影における審美性に比べるとやや洗練度は落ちるものの、代わりに力強さと重厚さが加わっている。
    編集も素晴らしく、例えばロスからミンダナオ、香港へと、場面転換のあっけなさは、あきれるほど洒脱だし、時系列のローテーションも非常に効果的だ。
    キムタクの写真にジョシュ・ハートネットが反射して、ふたりが同化していくところを表わすシーンは絶妙で、このような難易度の高い撮影をサラッとやられると、もう「まいった」とつぶやくしかない。

    ご都合主義的な部分が散見され、少し脚本に難はあるものの、そんなものを気にする暇が無いほどに、その撮影・編集の見事さ、そこに挿入されるレディオヘッドに酔いしれてしまう。
    ここまでの才能を見せつけられると、次回作が「ノルウェーの森」と決まっているトラン・アン・ユンは、村上春樹の能力をはるかに超越するだろうことは、必至なんじゃないかな、と思わされる。それほどに、『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』は鋭く美しい。

    ただ、ジャニーズファンや韓国ドラマファンにとっては、やっぱりちょっとキツいものがあるとは思う。
    「苦痛こそが最高の美だ」と、劇中で死体芸術家が語るとおり、極度に洗練された美は、醜悪に感じることもあるだろう。

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